ふらいとの「育児を科学する」

新生児科医ふらいとです。漫画ドラマ・コウノドリの医療監修してました。公衆衛生の視点で新生児医療や育児の科学的根拠を元に発信しています。

22週出生時の予後~成育限界~

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新生児医療の成績では日本はトップランナーです。

それは早産の診療に長けていて、古くからその診療を行ってきた背景もあります。

母体保護法の制定で日本では1990年から在胎22週以上を蘇生対象としてきたのです。

では在胎22週の赤ちゃんはトップランナーの日本ではどのような成績なのでしょうか?

今回は早産の限界に迫ります。

 

 

生育限界

 胎児が母体外環境で生存を保続する事のできない週数、つまり生育限界は本邦では母体保護法で1990年に「満22週未満」と定められています。

図4に在胎22週児死亡率の年次的推移1を示します。年度によりバラつきはあるものの、2000年初頭は60~70%であったが2012年以降は30%まで下がり、直近10年で著しい改善を認めていて、まさに日本の新生児医療は今でも進化し続けているのです。

しかし、専門医制度周産期(新生児)施設を対象とした在胎22週の対応に関する調査2では、児適応の帝王切開を積極的に施行しているのは全体の6%に過ぎず、35%は親の希望等条件付きで、51%は実施していなかったと答えています。

分娩前から蘇生まで在胎22週に対する対応は施設毎に大きな差があり、予後の評価という面で一律にできないのが現状なのです。

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図1: 在胎22週児の死亡率の推移(文献1より)

成育限界

一方で世界的には、生きるだけではなく、生きて育っていける事を予後と判断する傾向が出てきています。

その流れで日本語でも「生育限界」という言葉より「成育限界」の言葉も同時に使用する流れとなってきているのです3

成育限界はその生育限界に成長の要素を含んだ概念であり、「生存し出生後の成長・発達が可能な限界となる妊娠週数」を意味します4

その概念は非常に難しくて、神経学的障害を認めない生存率をどう設定するかで、成育限界となる妊娠週数は大きく異なるのです。前記事の図3を元に判断すると、その割合を80%とした場合成育限界は在胎26週となりますが、90%とした場合29週となりその週数は大きく変わる訳です。

90%という数字が全ての家族に安心をもたらす物という保証もない。日本を中心に国際的な議論が今後必要となります。

早く生まれたらどう育つ?

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「この週数で生まれたら将来どうなるんですか?」

この質問は切迫早産の両親に説明をすると、よく聞かれます。世の親達が「我が子が未熟児になる」事に漠然とした不安を抱えるのは仕方ないことです。誰でも経験のない事は不安なのです。「早く生まれたらどう育っていくか」はデータがしっかり出ているので、大切なのは、そのデータを切迫早産の両親にまず知ってもらう事です。

 

日本は新生児医療において世界のトップランナーです。2019年の人口動態統計によると日本の新生児死亡率は0.9人(/1000人)と世界トップクラスの成績です。さらに驚く事に、日本はこの世界最低の新生児死亡率を40年以上維持しています。この背景には周産期医療の目まぐるしい進歩と共に極低出生体重児(出生体重1500g未満)や超早産児(在胎週数28週未満)の生命予後が改善した事も大きいと言えるでしょう。

 

 

未熟児治療成績の国際比較

 日本全国の周産期センターが参加するNeonatal Research Network of Japan(NRNJ)は極低出生体重児を対象に生存率、合併症罹患率、予後などを2003年から登録を行い、国内唯一の新生児データベースです。

NRNJを含む10カ国(オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フィランド、イスラエルスウェーデン、スイス、スペイン、イギリス)のデータベースで予後を国際的に比較したInternational Network for Evaluating Outcomes of Neonates (iNeo)の比較結果1を図1に示しています。

予後は死亡、慢性肺疾患、脳室内出血、未熟児網膜症のいずれかを認めるものを合わせた結果となっていますが、我が国(NRNJ)は最も症例数が多いに関わらず死亡・合併症が少なく、国際的に治療成績が良好と言えます。

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図1:iNeoによる国際比較(文献1より)

日本の極低出生体重児の治療成績

NRNJデータベースに登録された2003年〜2015年出生の極低出生体重児の3歳時予後も報告されています2

まず在胎週数別の3歳時死亡率です(図2)。早産児のうち在胎28週以降は平均10%以下ですが、超早産児のうち前半の在胎22~24週は他の週数と比較しても高い事がわかります。尚、この図では36週以降に死亡率が上昇していますが極低出生体重児を対象とした調査のため子宮内発育遅延児(週数の割りに体重が小さい子)が多い事が理由に挙げられます。

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図2: 極低出生体重児の在胎週数別の3歳時死亡率(文献2より)

次に3歳時の在胎週数別の新生児合併症を含んだ成績を図3に示します。死亡と神経学的障害(neurodevelopment impairment; NDI)を加えた予後不良の割合は在胎週数が小さいほど高いです。尚、神経学的障害は脳性麻痺、失明、補聴器使用、発達遅滞のいずれか1つ以上の障害を認めたものと定義しています。

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図3: 極低出生体重児の在胎週数別予後(文献2より)

 

特に在胎22週では死亡とNDIの割合が65.6%であり、世界トップレベルの周産期医療を誇る日本でも在胎22週はまだまだ課題が残る結果となっているのです。

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  1. Shah PS, Lui K, Sjors G, Mirea L, Reichman B, Adams M, et al. Neonatal Outcomes of Very Low Birth Weight and Very Preterm Neonates: An International Comparison. J Pediatr. 2016;177:144-152 e146.
  2. 河野由美. Neonatal Research Network of Japan(NRNJ) データベースからみた極低出生体重児の予後. 日周新誌. 2021;56:203-211.

帝王切開で出産すると愛情不足!?

出産した女性を苦しめる言葉に 

「お腹を痛めてこそ愛情が湧くもの」

「お腹を痛めた子は可愛い」

というものがあります。痛みを美徳とする日本らしい考え方です。

 

せっかくの出産が終わり、育児に大変な時期に他の人間にこの言葉を言われた日には腸(はらわた)が煮えくり返ることでしょう。これは、本来世の母親を励ます立場であるお産を経験した先輩ママに言われる事もあると聞きます。

TBS系ドラマ「コウノドリseason1」第4話でも、長女を可愛いと思えないのは帝王切開で産んだからではないかと信じている妊婦の話が放送され共感の嵐を呼びました。

 

果たして、この俗説は科学的根拠があるのでしょうか?

今回はこの母親を苦しめる「呪い」の真相を見ていきましょう。 

 

 

帝王切開愛着障害を起こす仮説とは

そもそも、なぜこういう決めつけたような話が流行するのでしょうか。

これには様々な仮説が存在します。

帝王切開では母親の血液中のホルモン(カテコラミンやオキシトシン)濃度が低く1 2 3、それが愛着形成に悪影響を及ぼしているのではとの仮説があります。

また、2017年にEarly Hum Developという発達学の一流雑誌にも緊急帝王切開は経膣分娩と比べると愛着形成が難しく、少なくとも3年間その状態が続くとの報告4もありましたが、その機序としては全身麻酔が行われた結果、母子の早期接触や父親の面会が妨げられた影響が指摘されました。

 

「因果関係」を示すエビデンス

しかし、これらのデータを解釈には注意が必要です。

あくまで仮説であることは当然ですが、これらは相関関係の可能性があり因果関係とは言い難いです。

その理由として、何より「第3の因子」の影響を否定しきれていない事にあります。

 

第3の因子としては、カンガルーケアと言われる出生後の母子早期接触(skin to skin contact: STS)父親の面会、その後の育児サポートの有無など様々な要因が挙げられます。

 日本の出生後コホート研究を用いた82540名の母親を対象とした調査5では、経膣分娩と帝王切開で出生した母親で産後1年時点での愛着形成に差は認めなかったとの貴重な疫学データが報告されました。

帝王切開が予定か緊急かの検討はされていないようですが、これらの結果より帝王切開で出生した母親は愛着障害を起こしやすいというエビデンスは存在しないのです。

 

帝王切開は痛みを伴う立派な出産です

 冒頭でも述べましたが、自然分娩の方が愛情深いという呪いは想像以上に世の母親を傷つけています。

世の母親の母親は最初から「母親」の女性である人間はいません。誰でも初めて出産を経て子供を育てる時には「母親1年生」なのです。自信が無くて当然ですし、どんな些細な事にも不安を感じるのは無理がないと思います。  

 

経膣分娩と帝王切開、いずれにせよ痛みを伴う立派な出産である事に違いはありません。そもそも痛みによって感じる愛情に差があるという論調は論外です。

どちらの形のお産にとっても産後のサポートを家族・医療・自治体の多方面からしっかり行うことが何より肝心です。

パートナーの育児休暇取得も大切なサポートですし、母乳育児支援などの医療サポートも必要でしょう。分娩の形で母親の愛情の程度を決めつける前に、できるサポートを行っていきましょう。

 

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格差と赤ちゃん

社会には様々な格差があります。

経済格差、教育格差、男女格差などなど。

それらは赤ちゃん達に影響があるのでしょうか?

人は皆生まれながらにして平等なのでしょうか?

公衆衛生学の視点から検証していきましょう。

 

 

子供は社会を映す鏡

昔から子どもは社会を映す鏡だとよく言われます。インド独立の父と言われるガンジー(1869-1948)はこんな言葉を残しています。

「子どもは真実を映し出す鏡である。彼らには驕りも、敵意も、偽善もない、もし思いやりに欠け、嘘つきで乱暴な子供がいたなら、罪がその子にあるのではなく、両親や教師や社会にあるのだ」

ここまで言うと流石に極端ですが、子どもは生まれた環境に多少なりとも影響を受ける事が言えます。似たような分野として、日本ではこういう調査は昔から「小児保健」の分野として発展してきました。小児保健は小児を取り巻く保健、医療、教育、福祉の向上を目的に、さらにこれらを広く社会へ普及する活動を言います。まさに小児の公衆衛生と言えるでしょう。

 

実は、周産期医療者は公衆衛生と切っても切れない関係にあります。それは多くの父親、母親、子どもと接しており、社会的に脆弱な集団にも精通しているからです。

 

格差が赤ちゃんに及ぼす影響

 公衆衛生の分野では、経済格差が大きな問題として認識されています。Harvard大学公衆衛生学のIchiro Kawachi教授も著書(#1)で「経済格差が広がるほど健康格差が広がる」と述べています。

2020年5月に起きたBlack Lives Matter問題の記憶も新しいですが、米国の人種や経済の格差は深刻です。周産期医療もその例外ではなく、様々な格差と周産期医療の研究は世界的に進んでいます。

黒人の乳児は白人の乳児より2倍以上死亡する割合が高いとの報告(#2)もありますし、早産で低出生体重児である可能性が高いとの報告(#3)もあります。

米国のNICUではそういった拡大する格差に対処する為に設計されたプログラムがあるにも関わらず、黒人の早産児はそれを超えた健康格差を経験し続けてしまいます(#4)。

生まれた後の環境というより、生まれた時点での環境が赤ちゃんに健康格差を生んでいるという、何とも理不尽なことが起きています。

 

日本での世帯収入調査は困難?

 以前、子宮頸がんワクチンに関するリーフレットのアンケート調査を海外の公衆衛生の先生方と作成し、全国の小児科医へお願いをしました。その際にアンケートとは別にあるベテラン小児科医の先生から一通の手紙を頂きました。「世帯収入をアンケートで聞くのは失礼」とお叱りを受けました。

日本の小児医療における疫学調査環境庁が主導するアジア最大のコホート調査であるエコチル調査がありますし、エコチル調査は世帯収入を調査する欄がありますが、まだまだ日本では「各家庭に世帯収入を質問紙表で聞くのはプライベートな事で失礼」と言う風潮を薄々と感じています。

公衆衛生学において収入を含めた疫学調査は必要不可欠です。

日本でも経済格差が広がっており、今後経済格差が日本の周産期に与える影響は無視できないはずです。世帯収入を含めたGrobalな視点での疫学調査はこれからもっと必要となるでしょう。

 

#1. 命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業..イチロー・カワチ. 2013. 小学館

#2. Ely DM, Driscoll AK. Infant Mortality in the United States, 2018: Data From the Period Linked Birth/Infant Death File. National Vital Statistics Reports: From the Centers for Disease Control and Prevention, National Center for Health Statistics, National Vital Statistics System. 2020;69:1–18.

#3. Martin JA, Hamilton BE, Osterman MJK, Driscoll AK. Births: Final data for 2018. National Vital Statistics Reports. Hyattsville, MD: National Center for Health Statistics; Vol. 68, p. 1–47. 2019.

#4. Harris LM, Forson-Dare Z, Gallagher PG: Critical disparities in perinatal health-understanding risks and changing the outcomes: J of Perinatol 2021;41:181-182