格差と赤ちゃん
社会には様々な格差があります。
経済格差、教育格差、男女格差などなど。
それらは赤ちゃん達に影響があるのでしょうか?
人は皆生まれながらにして平等なのでしょうか?
公衆衛生学の視点から検証していきましょう。
子供は社会を映す鏡
昔から子どもは社会を映す鏡だとよく言われます。インド独立の父と言われるガンジー(1869-1948)はこんな言葉を残しています。
「子どもは真実を映し出す鏡である。彼らには驕りも、敵意も、偽善もない、もし思いやりに欠け、嘘つきで乱暴な子供がいたなら、罪がその子にあるのではなく、両親や教師や社会にあるのだ」
ここまで言うと流石に極端ですが、子どもは生まれた環境に多少なりとも影響を受ける事が言えます。似たような分野として、日本ではこういう調査は昔から「小児保健」の分野として発展してきました。小児保健は小児を取り巻く保健、医療、教育、福祉の向上を目的に、さらにこれらを広く社会へ普及する活動を言います。まさに小児の公衆衛生と言えるでしょう。
実は、周産期医療者は公衆衛生と切っても切れない関係にあります。それは多くの父親、母親、子どもと接しており、社会的に脆弱な集団にも精通しているからです。
格差が赤ちゃんに及ぼす影響
公衆衛生の分野では、経済格差が大きな問題として認識されています。Harvard大学公衆衛生学のIchiro Kawachi教授も著書(#1)で「経済格差が広がるほど健康格差が広がる」と述べています。
2020年5月に起きたBlack Lives Matter問題の記憶も新しいですが、米国の人種や経済の格差は深刻です。周産期医療もその例外ではなく、様々な格差と周産期医療の研究は世界的に進んでいます。
黒人の乳児は白人の乳児より2倍以上死亡する割合が高いとの報告(#2)もありますし、早産で低出生体重児である可能性が高いとの報告(#3)もあります。
米国のNICUではそういった拡大する格差に対処する為に設計されたプログラムがあるにも関わらず、黒人の早産児はそれを超えた健康格差を経験し続けてしまいます(#4)。
生まれた後の環境というより、生まれた時点での環境が赤ちゃんに健康格差を生んでいるという、何とも理不尽なことが起きています。
日本での世帯収入調査は困難?
以前、子宮頸がんワクチンに関するリーフレットのアンケート調査を海外の公衆衛生の先生方と作成し、全国の小児科医へお願いをしました。その際にアンケートとは別にあるベテラン小児科医の先生から一通の手紙を頂きました。「世帯収入をアンケートで聞くのは失礼」とお叱りを受けました。
日本の小児医療における疫学調査は環境庁が主導するアジア最大のコホート調査であるエコチル調査がありますし、エコチル調査は世帯収入を調査する欄がありますが、まだまだ日本では「各家庭に世帯収入を質問紙表で聞くのはプライベートな事で失礼」と言う風潮を薄々と感じています。
公衆衛生学において収入を含めた疫学調査は必要不可欠です。
日本でも経済格差が広がっており、今後経済格差が日本の周産期に与える影響は無視できないはずです。世帯収入を含めたGrobalな視点での疫学調査はこれからもっと必要となるでしょう。
#1. 命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業..イチロー・カワチ. 2013. 小学館
#2. Ely DM, Driscoll AK. Infant Mortality in the United States, 2018: Data From the Period Linked Birth/Infant Death File. National Vital Statistics Reports: From the Centers for Disease Control and Prevention, National Center for Health Statistics, National Vital Statistics System. 2020;69:1–18.
#3. Martin JA, Hamilton BE, Osterman MJK, Driscoll AK. Births: Final data for 2018. National Vital Statistics Reports. Hyattsville, MD: National Center for Health Statistics; Vol. 68, p. 1–47. 2019.
#4. Harris LM, Forson-Dare Z, Gallagher PG: Critical disparities in perinatal health-understanding risks and changing the outcomes: J of Perinatol 2021;41:181-182