ふらいとの「育児を科学する」

新生児科医ふらいとです。漫画ドラマ・コウノドリの医療監修してました。公衆衛生の視点で新生児医療や育児の科学的根拠を元に発信しています。

帝王切開で出産すると愛情不足!?

出産した女性を苦しめる言葉に 

「お腹を痛めてこそ愛情が湧くもの」

「お腹を痛めた子は可愛い」

というものがあります。痛みを美徳とする日本らしい考え方です。

 

せっかくの出産が終わり、育児に大変な時期に他の人間にこの言葉を言われた日には腸(はらわた)が煮えくり返ることでしょう。これは、本来世の母親を励ます立場であるお産を経験した先輩ママに言われる事もあると聞きます。

TBS系ドラマ「コウノドリseason1」第4話でも、長女を可愛いと思えないのは帝王切開で産んだからではないかと信じている妊婦の話が放送され共感の嵐を呼びました。

 

果たして、この俗説は科学的根拠があるのでしょうか?

今回はこの母親を苦しめる「呪い」の真相を見ていきましょう。 

 

 

帝王切開愛着障害を起こす仮説とは

そもそも、なぜこういう決めつけたような話が流行するのでしょうか。

これには様々な仮説が存在します。

帝王切開では母親の血液中のホルモン(カテコラミンやオキシトシン)濃度が低く1 2 3、それが愛着形成に悪影響を及ぼしているのではとの仮説があります。

また、2017年にEarly Hum Developという発達学の一流雑誌にも緊急帝王切開は経膣分娩と比べると愛着形成が難しく、少なくとも3年間その状態が続くとの報告4もありましたが、その機序としては全身麻酔が行われた結果、母子の早期接触や父親の面会が妨げられた影響が指摘されました。

 

「因果関係」を示すエビデンス

しかし、これらのデータを解釈には注意が必要です。

あくまで仮説であることは当然ですが、これらは相関関係の可能性があり因果関係とは言い難いです。

その理由として、何より「第3の因子」の影響を否定しきれていない事にあります。

 

第3の因子としては、カンガルーケアと言われる出生後の母子早期接触(skin to skin contact: STS)父親の面会、その後の育児サポートの有無など様々な要因が挙げられます。

 日本の出生後コホート研究を用いた82540名の母親を対象とした調査5では、経膣分娩と帝王切開で出生した母親で産後1年時点での愛着形成に差は認めなかったとの貴重な疫学データが報告されました。

帝王切開が予定か緊急かの検討はされていないようですが、これらの結果より帝王切開で出生した母親は愛着障害を起こしやすいというエビデンスは存在しないのです。

 

帝王切開は痛みを伴う立派な出産です

 冒頭でも述べましたが、自然分娩の方が愛情深いという呪いは想像以上に世の母親を傷つけています。

世の母親の母親は最初から「母親」の女性である人間はいません。誰でも初めて出産を経て子供を育てる時には「母親1年生」なのです。自信が無くて当然ですし、どんな些細な事にも不安を感じるのは無理がないと思います。  

 

経膣分娩と帝王切開、いずれにせよ痛みを伴う立派な出産である事に違いはありません。そもそも痛みによって感じる愛情に差があるという論調は論外です。

どちらの形のお産にとっても産後のサポートを家族・医療・自治体の多方面からしっかり行うことが何より肝心です。

パートナーの育児休暇取得も大切なサポートですし、母乳育児支援などの医療サポートも必要でしょう。分娩の形で母親の愛情の程度を決めつける前に、できるサポートを行っていきましょう。

 

 参考文献

  1. Takagi T TO, Otsuki Y. Oxytocin in the cerebrospinal fluid and plasma of pregnant and non-pregnant subjects. Horm Matah Res. 1985;17:308-310.
  2. Takeda S KY, Mizuno M. Effects of pregnancy and labor on oxytocin levels in human plasma and cerebrospinal fluid. Endocrinol Jpn. 1985;32:875-880.
  3. Nissen E LG, Wildstorm AM. Elevation of oxytocin levels early post partum in women. Acad Obset Gynecol Scand 1995;74:530-533.
  4. Forti-Buratti MA, Palanca-Maresca I, Fajardo-Simon L, Olza-Fernandez I, Bravo-Ortiz MF, Marin-Gabriel MA. Differences in mother-to-infant bonding according to type of C-section: Elective versus unplanned. Early Hum Dev. 2017;115:93-98.
  5. Yoshida T, Matsumura K, Tsuchida A, Hamazaki K, Inadera H, Japan E, et al. Influence of parity and mode of delivery on mother-infant bonding: The Japan Environment and Children's Study. J Affect Disord. 2020;263:516-520.